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松山地方裁判所 平成7年(ワ)160号 判決 1998年5月11日

原告

亡片山忠司訴訟承継人

片山香代子

右訴訟代理人弁護士

矢野真之

被告

クボタハウジング有限会社

右代表者代表取締役

窪田耕三

被告

株式会社アリマ

右代表者代表取締役

土井田春子

右訴訟代理人弁護士

曽我部吉正

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して、金一五一二万四〇〇〇円及びこれに対する平成八年一二月一日から支払ずみまで被告クボタハウジング有限会社は年五分の割合による、被告株式会社アリマは年六分の割合による各金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して、金二二五五万円及びこれに対する平成七年三月一九日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら共通)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  事案の概要

一  本件は、亡片山忠司(平成七年八月一七日死亡、以下、「忠司」という。)の訴訟承継人である原告から、被告らに対し、忠司が被告クボタハウジング有限会社(以下、「被告クボタ」という。)を仲介者として被告株式会社アリマ(以下、「被告アリマ」という。)から別紙物件目録記載の土地(以下、「本件土地」という。)を買い受けたところ、その南側隣接地に高架道路が建設され、これによって本件土地及び同地上に建築した建物の減価等の損害を被ったとして、被告クボタには、本件土地の仲介者としての不法行為責任が、被告アリマには、本件土地の売主としての債務不履行責任ないし瑕疵担保責任があるとして、被告両名に対し、連帯して、損害賠償請求(及び本訴状送達の日の翌日から商事法定利率年六分の遅延損害金の附帯請求)に及んだ事案である。

二  前提となる事実

1  原告は、忠司の妻であり、忠司が平成七年八月一七日に死亡した後、同人の遺産である本件土地を単独で相続し、本件訴訟を承継した。(争いがない。)

2  忠司は、平成六年四月五日、被告クボタを仲介者として、被告アリマから、本件土地を三五七五万円で買い受けた(以下、「本件土地売買」という。)。(争いがない。)

3  被告らは、いずれも、宅地建物取引業法に基づき愛媛県知事からの免許を受けた宅地建物取引業者である。(争いがない。)

4  忠司は、本件土地購入後、株式会社コーノ地所(以下、「コーノ地所」という。)に請け負わせて、同地上に木造瓦葺平家建(床面積149.13平方メートル)の居宅(以下「本件建物」という。)を建築した。(甲四、五、一六)

5  本件土地の南側に隣接する土地付近には、愛媛県が、一般県道長井方堀江線道路改良工事(バイパス工事)として高架構造の道路(以下、「本件高架道路」という。)を建設する計画を立て、昭和六三年には地元地権者らに対する説明会を四回にわたり開催して、工法等についての説明を行った。(調査嘱託の結果)

6  愛媛県は、本件高架道路の敷地として、本件土地の南側に隣接する松山市堀江町甲一九二七番二の土地(地目田、七七平方メートル、以下、「南側隣接地」という。)を来嶋繁太郎から、平成元年一〇月二一日に買収し、同年一一月二〇日に所有権移転登記を経由した。(乙三、調査嘱託の結果)

7  本件高架道路は、高さ約八メートルのコンクリート擁壁で造られ、平成六年三月一七日に工事請負契約がなされ、平成八年一一月ころには工事が完成した。(甲七、一七)

三  争点及び争点についての当事者の主張

1  被告らの責任

(原告の主張)

本件土地売買については、以下のとおり、被告クボタには不法行為責任が、被告アリマには債務不履行責任ないし瑕疵担保責任がある。

(一) 被告クボタの不法行為責任

被告クボタは、本件土地売買の仲介にあたり、宅地建物取引業者として、南側隣接地に本件高架道路が建設されることを調査し、これを買主である忠司に説明すべき義務を負っていたのに、これらの注意義務を怠った過失があり、忠司に対する不法行為責任がある。

(二) 被告アリマの債務不履行責任

被告アリマは、本件土地売買において、売主であり、かつ、宅地建物取引業者であるが、南側隣接地に本件高架道路が建設されることを知悉し、少なくとも、そのことを容易に知り得る立場にあったのであるから、売主として、その事実を買主である忠司に説明すべき注意義務を負っていたのに、これを怠った過失があり、忠司に対する債務不履行責任がある。

(三) 被告アリマの瑕疵担保責任

本件土地は、本件高架道路によって冬至において終日日照がなく、住宅用地として瑕疵があることは明らかであり、また、本件売買当時には、右道路の建設はなされておらず、現場を見ても高架道路建設計画を知り得なかったから、右瑕疵は隠れたものというべきである。したがって、被告アリマは、本件土地の売主として、買主である忠司に対し、瑕疵担保責任がある。

(被告クボタの主張)

原告の右主張は、争う。

被告クボタは、本件高架道路の建設計画については、本件土地の売主である被告アリマから説明を受けておらず、右計画を知らなかった。本件土地売買においては、被告アリマが忠司に対し、宅地建物取引業法に基づく重要事項説明書を作成、交付しており、右計画については、同被告から忠司に説明されるべきであった。したがって、本件高架道路の建設により忠司が被った損害については、被告アリマに全面的な責任があるというべきである。

(被告アリマの主張)

原告の右主張は、争う。

本件土地売買において、南側隣接地の本件高架道路の建設計画は、宅地建物取引業法にいう重要説明事項には該当しない。仮に、該当するとしても、その説明義務を負っているのは、仲介業者であった被告クボタであり、売主にすぎない被告アリマには、右説明義務はない。

被告アリマは、宅地建物取引業者である被告クボタに対し、本件高架道路建設計画があることを告げたうえで、本件土地売買の仲介を依頼しており、被告クボタの説明義務違反の過怠につき、被告アリマが債務不履行責任を問われる理由はない。

また、忠司は、本件高架道路建設計画を知っていたものであり、仮に知らなかったとしても、現地調査等によって当然に知り得たものである。

2  過失相殺の当否

(被告アリマの主張)

忠司は、もともと本件土地の所在地付近の住民であり、本件高架道路建設計画を当然に知っておくべきであり、本件土地購入に先立つ現地調査の際、南側隣接地の不整形な形状や、同土地付近に帯状に打設された杭が存在したことなどから、右道路建設計画に気付き、調査をすべきであった。

また、本件建物の設計、建築において、南側隣接地に建築基準法の許容する高層建物(高さ二〇メートルまで)が建築されることを前提とすべきところ、忠司は、あえて、本件土地の南側に偏して、しかも、平家建の本件建物を建築している。そうすると、忠司の側で、本件高架道路の建設により日照被害が生じているとしても、自らの過失によるもので、その結果を受忍するのも止むを得ないというべきである。

(原告の主張)

忠司は、本件土地の購入に際し、本件高架道路建設計画を全く知らなかった。このことは、本件建物が高架道路の建設を想定していない設計であることからも明らかである。忠司は、本件建物の建築工事着工後、平成六年九月二八日、愛媛県関係者から本件高架道路の建設計画を初めて知らされ、設計変更の請願を行ったが、コンクリート擁壁の位置を少しずらすだけに止まった。

被告アリマは、建築基準法上、本件土地付近は隣接地に高さ二〇メートルの建物が容認されていることを主張するが、一般的にそのような可能性があることと、本件売買当時に具体的計画が存在したことは社会通念上からも異なるものであり、既に具体化していた本件高架道路建設計画は、売買対象土地の利用に重大な影響を与える事項として、被告らから、買主の忠司に対し、重要説明事項として告知されるべきであった。

3  原告の損害

(原告の主張)

原告側では、被告らから本件高架道路建設計画を告知されていれば、本件土地を購入しなかったものであり、本来は本件土地売買契約を解除して原状回復を請求したいが、既に本件建物を建築しているため、被告らに対し、本件高架道路の建設により被った損害賠償を請求するに止めざるをえない。

本件における原告側の損害は、次のとおりである。

(一) 本件土地の減価損害

三五七万五〇〇〇円

原告側では、本件土地を住宅用地として三五七五万円で購入したが、本件高架道路が建設されたため、日照、騒音、粉塵、圧迫感等の被害を受けることになった。そして、鑑定人田中健不動産鑑定士の鑑定結果(以下、「田中鑑定」という。)によれば、本件高架道路の建設により、本件土地は、少なくとも一〇パーセントの減価を生じており、三五七万五〇〇〇円の損害を被った。

(二) 本件建物の減価損害

九六八万円

原告側では、本件建物を二七五〇万円で建築したが、田中鑑定によれば、本件高架道路の建設により35.2パーセントの減価が生じており、九六八万円の損害を被った。

(三) 精神的慰謝料

九二九万五〇〇〇円

原告側では、本件土地を住宅用地として購入して本件建物を建築したのに、南側隣接地に本件高架道路が建設され、採光等の点で住居として不適となった建物に居住を続けざるを得ない。これによって、原告が被る精神的苦痛を金銭に評価すると、請求の趣旨記載の金額二二五五万円から前記(一)、(二)の金額を控除した残金九二九万五〇〇〇円を下回らない。

(被告クボタの主張)

原告の右主張は、否認する。

原告側が、本件高架道路の建設により本件土地利用に被害を受けることは大筋で認めるが、原告の本訴請求は土地取引に関してであり、建築基準法の日照規制は南側隣接地の土地所有者に対するものであって、被告らに対し、日照、騒音、粉塵、威圧感まで損害賠償に取り上げるのは疑問である。

(被告アリマの主張)

原告の右主張は、否認する。

原告側において本件高架道路の建設により本件土地利用について日照被害を受けることがあっても、前述した原告側の過失を考慮すると、受忍限度内に止まるものである。

田中鑑定は、本件建物を二階建に増築するといった非現実的な被害算定をするなど、到底採用できないものである。むしろ、井東孝行不動産鑑定士の不動産鑑定評価書(乙九)及び同人の証言(以下、「井東鑑定」という。)の内容が合理的であり、これによれば、本件高架道路の建設による本件土地及び本件建物の損害は三三〇万円である。

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  争点に対する判断

一  争点1(被告らの責任)について

1  前記前提となる事実に加え、証拠(甲一ないし九、一二、一三の1ないし4、一四ないし一八、乙一ないし三、四の1ないし7、証人村上旻、同門田孝次、同大濱一潮、同土井田学、原告、被告クボタ代表者窪田耕三、調査嘱託(第一、二回)及び検証の結果)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 忠司は、原告の夫で、運送業を営んでいた者であるが、原告ら夫婦は、もと松山市古三津四丁目の借家に居住していて、自宅を建てることを思い立ち、土地を物色していたところ、平成六年三月ころ、新聞広告により、被告クボタが本件土地を売りに出していることを知った。

(二) 原告ら夫婦は、平成六年三月二五日ころ、被告クボタの代表者である窪田耕三(以下、「窪田」という。)に現地を案内され、忠司の会社に近いことや、希望していた一〇〇坪位の面積があることなどから、本件土地を購入する気持になった。原告ら夫婦は、忠司の母親と同居の予定で、同女が家庭菜園をする日当たりの良い広い庭が欲しいと考えており、現地案内の際、そのことを窪田にも伝えた。また、本件土地の南側隣接地は、凹型に不整形になっていたが、原告ら夫婦は、将来買い足して真っ直ぐな形状にしたい意向を、窪田に伝え、同人も不可能ではないとの口振りを示した。なお、当時、本件土地の西側の土地は造成されていたが、まだ建物は建っておらず、南側の土地一帯は、帯状に荒れ地の状態になっていた。後記のとおり、その部分は、愛媛県が本件高架道路の建設予定地として買収済であったが、窪田から原告ら夫婦に対し、そのことは何ら説明されなかった。

(三) その後、原告ら夫婦は、窪田から他に購入希望者がいると催告されたこともあって、本件土地を購入することを決め、平成六年四月五日、被告アリマの事務所において、売主を被告アリマ、買主を忠司、仲介者を被告クボタとする本件土地売買の契約書(甲三)が作成、調印された。なお、被告アリマは、不動産の売買等を業とする会社であり、同被告も、被告クボタと同様、愛媛県知事から免許を受けた宅地建物取引業者である。当初、原告ら夫婦は、被告クボタを本件土地の売主と理解していたが、契約当日、売主は被告アリマであり、被告クボタは仲介者(媒介業者)であることが分かった。本件土地の売買代金は、三五七五万円であり、当日、手付金が交付され、同年五月二〇日に残代金が支払われて、同日、買主の忠司に所有権移転登記がなされた。なお、契約当日、被告アリマの側では、営業担当社員であった門田孝次(以下、「門田」という。)らが立ち会い(当時の代表者土居田学(以下、「土居田」という。)は、所用のため途中で席を外した。)、宅地建物取引業法で定められた重要事項説明書(甲二)は、被告アリマが作成したものを、被告クボタの代表者である窪田が朗読した。なお、この際も、被告アリマ及び被告クボタから、原告ら夫婦に対し、本件土地の南側隣接地に本件高架道路の建設計画があることは、一切知らされなかった。

(四) 原告ら夫婦は、本件土地の購入後、知り合いのコーノ地所に建物の建築を依頼し、平成六年五月三〇日に本件建物の請負契約を締結した。本件建物は、平家建の和風建築で、玄関が敷地の南側に寄せて建てられているが、これは、主に原告の希望によって設計されたものであり、南側隣接地の凹型に窪んだ部分を将来買い足したいという意向を持っていたことによる。

(五) 本件建物の建築工事は、平成六年六月二〇日ころ着工され、総工事費用二七五〇万円を要して、同年一一月二〇日ころ完成したが、同年九月二八日、右工事を知った愛媛県事務所の担当者から忠司に通報があり、原告ら夫婦は、初めて、本件土地の南側隣接地に本件高架道路が建設される計画があることを知った。しかし、その時点では、本件建物は、屋根、柱、外壁等がほぼ完成し、内装工事にかかる段階であったため、忠司は、同日と同年一〇月一二日の二回にわたり、愛媛県松山地方局に対し、本件高架道路建設計画の工法変更を請願したが、既に施工法や経済性の面からコンクリート擁壁造の計画が決定済であること、地元説明会や用地交渉時に右工法について了解を得ていることを理由に右請願は容れられず、擁壁を約一メートル程南側に控えて貰うことに止まった。なお、原告ら夫婦は、本件高架道路の建設計画を知り、予想される日照被害や圧迫感などに精神的衝撃を受け、ことに、本件建物の設計を主導した原告は、体調まで崩して通院する日々が続いた。

(六) 本件高架道路は、本件土地の南側にほぼ接する位置に、高さ約八メートルのコンクリート擁壁が垂直に建てられるもので、平成七年度から工事が始められ、平成八年一一月ころには工事が完成した。前記のとおり、本件建物が本件土地の南側に寄せて建てられているため(検証見取図第三図参照)、玄関を出ると、すぐ前に高いコンクリート擁壁がそびえ立つといった状態で、圧迫感があり、日照や通風等が妨げられるという支障が生じている。

(七) ところで、本件高架道路は、愛媛県が、一般県道長井方堀江線道路改良工事(バイパス工事)として建設計画を立て、昭和六三年には地権者らに対する工法等の説明会を四回開催して、地元住民の理解を得た上、用地買収が進められた。本件土地の南側隣接地(松山市堀江町甲一九二七番二)は、愛媛県が、所有者の来嶋繁太郎(以下、「来嶋」という。)から、平成元年一〇月二一日に買収し、同年一一月二〇日に所有権移転登記を経由した。なお、来嶋は、前記説明会に少なくとも二回出席しており、本件高架道路の建設計画、工法等の説明を受けている。来嶋は、本件土地を含む周辺土地の所有者でもあり、愛媛県に対し、日照被害を理由とする残地の補償請求をしたが、日陰による損害の発生が確実に予見されなかったことと、受忍範囲を越えるものとは認められないとの理由で、補償は受けられなかった。

(八) 一方、来嶋は、平成五年八月二日、松山市堀江町甲一九二七番一の土地(九〇〇平方メートル、以下、「旧甲一九二七番一の土地」という。)を被告アリマに売却し、同被告は、同土地を宅地造成して、本件土地外数筆に分筆して売りに出したものである。来嶋から被告アリマへの右土地の売却には、地元の大濱一潮(以下、「大濱」という。)が来嶋側の仲介人として関与しており、同人は、現地案内の際、被告アリマの営業担当者であった門田に対し、本件土地の南側隣接地付近に本件高架道路の建設計画があることを説明している。また、門田は、旧甲一九二七番一の土地の分筆測量をした菊地土地家屋調査士から、本件高架道路の建設計画を知らされており、忠司との本件土地売買契約締結の際には、本件高架道路の建設計画を知悉していたものである。

(九) 被告クボタの代表者である窪田は、被告アリマの門田から、本件土地売却の情報を得て、新聞広告を出すなどしたが、本件高架道路の建設計画については、門田ら被告アリマの関係者から知らされていなかった。しかし、窪田は、忠司への本件土地の売買を仲介した際、南側隣接地の登記簿謄本を閲覧するなどの調査をしておれば、既に愛媛県が買収済みで本件高架道路の建設計画があることを容易に知り得たのに、これらの調査を全くしていない。

以上の事実が認められる。

ところで、被告アリマの営業担当者であった門田は、忠司への本件土地売買の際、南側隣接地に高架道路が建設される可能性があることは聞いていたが、確定的なことは知らなかった旨証言するが、同人は、当初、本件土地売買契約後に菊地家屋調査士から高架道路の建設計画を聞かされて知った旨、明らかに虚偽の証言をしており、それ以前に現地で本件高架道路の説明を同人にしたという証人大濱の証言に照らしても、門田の右証言は信用することができない。また、同人は、本件売買契約締結前に、被告クボタの代表者である窪田に対し、高架のことは言わなかったが、南側隣接地に道路がつくことは告知していた旨証言するが、前同様、多分に責任回避の印象が拭えず、右事実を否定する窪田の供述と対比して、信用することができない。

2 右認定事実に基づき検証するに、まず、被告アリマは、不動産取引を含む宅地建物取引業者であり、来嶋から本件土地を含む旧甲一九二七番一の土地を宅地分譲予定地として購入するに際し、同人から本件高架道路の建設計画を知らされなかったとは考えられず(同人は、愛媛県の説明会に出席し、工法等について説明を受け、補償まで請求している。)、少なくとも、同被告の営業担当者であった門田は、本件土地売買契約締結前に、来嶋の仲介人の大濱から現地において右計画を知らされていたものである(なお、被告アリマの当時の代表者土井田は、本件高架道路の建設計画を知らなかった趣旨の証言をするが、一方で、同被告は、右道路建設計画は、本件土地売買の時点で周知の事実であり、同被告から被告クボタに右事実を伝えていたとも主張(平成七年五月三一日付準備書面)している。)。そうすると、被告アリマにおいては、本件土地売買の際、南側隣接地に本件高架道路が建設されることを知悉していたものであって、自宅の建築のために本件土地を購入しようとしていた忠司に対し、土地利用に支障を来すことが明らかな右事実を説明しなかったことは、不動産取引業者として重大な契約上の義務違反であるというべきである。被告アリマが、忠司ら夫婦に対し、本件高架道路建設計画を告知していれば、同人らにおいては、本件土地を購入しなかったものと推認され、仮に購入したとしても、売買代金の交渉や本件建物の設計が異なっていたことは容易に推測されるところであって、その意味において、同被告の右義務違反は重大であり、その行為は悪質というべきである。

被告アリマは、本件高架道路の建設計画は、宅地建物取引業法にいう重要事項説明には該当せず、該当するとしても、仲介者である被告クボタが説明すべき事柄である旨主張するが、住宅地としての土地利用に支障を来すことが明らかな事実を、不動産取引業者である売主において、買主に説明する義務がないとは取引通念上考えらえず、右主張は採用できない。

したがって、瑕疵担保責任についての判断に立ち入るまでもなく、被告アリマに、本件土地の買主である忠司に対し、債務不履行責任があることは明らかである。

次に、被告クボタは、宅地建物取引業者として本件土地売買を仲介(媒介)したものであるが、売主である被告アリマから本件高架道路の建設計画を告知されなかったにせよ、その業務上、買主側の購入目的に適う土地の仲介をするために、周辺土地の環境を調査し、その結果を説明報告すべき義務があるところ、本件土地の南側隣接地に本件高架道路の建設計画があることは、登記簿謄本を閲覧するなど調査すれば容易に知り得たのに、これを怠った過失があるといわざるを得ない(なお、同被告代表者の窪田は、原告ら夫婦から、家庭菜園のできる日当たりの良い住宅地を求めていることや、南側隣接地の一部を将来買い足したい希望があることを聞かされている。)。この点、同被告の代表者窪田は、同じ宅地建物取引業者である被告アリマを信用して右調査をしなかった旨供述するが、県知事の許可を受け仲介報酬金を取得して業務を行う以上、他の業者任せにせず、独自に右調査を行う義務は免れないというべきである。そうすると、被告クボタも、本件高架道路建設計画を知悉しながら告げなかった被告アリマに比較すると責任の程度は軽いとはいえ、原告が主張する不法行為責任を免れず、被告アリマと連帯して、忠司の権利承継人である原告に対し、損害賠償責任があるというべきである。

二  争点2(過失相殺)について

被告アリマは、本件土地の買主である忠司において、本件高架道路建設計画を当然に知っておくべきであり、南側隣接地の不整形な形状や、同土地付近に帯状に打設された杭が存在したことなどから、右道路建設計画に気付き、調査をすべきであった旨主張する。しかしながら、原告ら夫婦が、本件土地購入後、愛媛県事務所の担当者から通報されるまで右道路計画を知らなかったことは、前記認定のとおりであり、かって忠司が本件土地所在地の堀江町に居住したことがあったにせよ、地権者でもない同人において右計画を知っておくべきであったとはいえない。また、前記認定事実によれば、南側隣接地の形状が不整形で、その並びの土地が帯状に荒れ地となっていたことが認められるが、そのことから、一般買主にすぎない原告ら夫婦において、右土地部分が将来県道、ましてや高架道路になることに気付くべきであったとはいえず、右計画を知悉しながら告知しなかった同被告から、そのような主張ができる筋合いではないというべきである。なお、同被告は、南側隣接地付近には杭が打たれていたことから原告側で道路用地となることに気付くべきであった旨主張するが、原告は右杭の存在には気付かなかったと供述しており、右杭が残存していたとしても、そのことから道路用地になっていることに気付くべきであったとまではいえない。

また、本件建物を紹介した住宅情報誌(乙五)には、「前方が空き地になっているため日当りも抜群。将来道路が通る予定なので、日当りが悪くなってしまう心配もないそうです。」と記載されているが、コーノ地所の村上旻建築士の証言によれば、広告代理店の担当者が事実に基づかずに宣伝用に記載したことが認められ、これによって、原告ら夫婦が南側隣接地が道路用地になっていたことを知っていたと認めることはできない。

さらに、被告アリマは、原告側において、南側隣接地に建築基準法の許容する高層建物(高さ二〇メートルまで)が建築されることを前提とすべきところ、あえて本件土地の南側に偏して、しかも、平家建の本件建物を建築していることをもって、原告の側の過失である旨主張するが、確かに、本件建物が本件土地の南側に寄せて建てられたことにより、本件高架道路建設による日照等の被害が増大していることが認められるけれども、南側隣接地の一部を将来買い足せると見込んで設計したことをもって過失とまでいえるかは疑問であり、仮に、過失といえても、被告アリマにおいて本件高架道路の建設計画を告知さえしておれば、原告側で右設計をしたとは考えられず、前同様、右計画を知悉しながら告知しなかった同被告から原告側の右過失を主張できる筋合いではないというべきである。

なお、検証の結果によれば、本件土地の西側に建てられた数個の居宅は、いずれも北側に寄せたり二階建になっていて、本件高架道路による日照被害を避けるように設計されていることが認められるが、前記認定のとおり、原告側で本件土地を購入した時点では、これらの建物は建てられておらず、右建物所有者らは、本件高架道路の建物を知ったうえで土地を購入したものとみられ、右事実をもって、原告側の過失を論じるのは相当でない。

したがって、被告アリマの過失相殺の主張は、採用できない。

三  争点3(原告の損害)について

1  物的損害

(一)  以上によれば、被告らは、原告に対し、忠司が南側隣接地に本件高架道路の建設計画があることを知らされないで本件土地を購入したことにより被った損害について、連帯して、賠償すべき責任があるというべきところ、まず、その物的損害は、本件土地及び本件建物の適正評価額から本件高架道路の建設によって減価された額の差額と認めるのが相当である。そして、前記認定事実によれば、被告らは原告側が自宅建築用地として本件土地を購入したことを業者として十分認識していたものであり、被告らの前記不法行為ないし債務不履行により原告側が右物的損害を被ることを予見できたというべきである。なお、原告は、本件土地及び本件建物の減価損害を算定する上で、実際に支出した金額を基準とすべきであると主張するが、右金額は、合意によって決められたものであるから、損害の客観的算定の基礎とするには適正さを欠くといわなければならず、右主張は、採用できない。

(二) そこで、検討するに、田中鑑定の結果によれば、本件土地売買時(平成六年四月五日)を基準にして、本件土地の一般的要因及び地域分析に基づく価格水準を算定すると三六九四万円(一平方メートル当り九万六九〇〇円)となり、本件高架道路の建設を前提にした個別的要因に基づく格差率は二〇パーセントであり、更地価格(正常価格)が二九五五万円(一平方メートル当り七万七五〇〇円)になるとされている。そして、右格差率二〇パーセントのうち一〇パーセントが本件高架道路の建物による日照・通風等の支障によるもの(残る一〇パーセントは地形等によるもの)とされており、右算定方法は合理的なものとして首肯できるので、そうすると、本件高架道路の建設による本件土地の減価は、三六九四万円の一〇パーセントである三六九万四〇〇〇円と認められ、同金額をもって、本件土地についての原告の損害と認めるのが相当である。

(三) 次に、本件建物については、田中鑑定の結果によれば、完成時(平成六年一二月一九日)を基準にして、再調達原価を算定すると二六八〇万円となり、本件高架道路の建設による機能的減価が二八パーセント、経済的減価が一〇パーセントであり、その結果、本件建物の価格(正常価格)は一七三七万円になるとされている。田中鑑定は、右機能的減価の理由として、本件高架道路を前提とすると、日照を良好なものにするため、二階の増築を考慮せざるを得ず、そのための工事費と増築による利便性とを相殺して減価率を二八パーセントとしているところ、実際に二階建に増築するかどうかは原告が選択する事柄であって、右方法がとられなくても、それだけの損害が生じていると評価され、本件高架道路による機能的減価の算定方法として右鑑定手法を用いることには合理性があるというべきである。

また、田中鑑定は、右経済的減価の理由として、本件高架道路の擁壁による圧迫感、眺望阻害等を指摘するが、この点も首肯できるところである。

そうすると、本件高架道路の建設による本件建物の減価は、二六八〇万円と一七三七万円の差額の九四三万円と認められ、同金額をもって、本件建物についての原告の損害と認めるのが相当である。

(四) ところで、被告アリマは、田中鑑定の結果は不当であるとし、井東鑑定の結果が合理的であると主張するが、井東鑑定は、私的鑑定であって、本件高架道路の存在による本件土地の減価額を二一〇万円(減価率5.7パーセント)、本件建物の減価額を一二〇万円(減価率5.4パーセント)とするもので、当裁判所の検証結果などに照らし、余りに本件高架道路の建設による減価損害を過少評価しているとみざるを得ず、公平性や客観性の点から、公的鑑定である田中鑑定の結果と対比して、これを採用することはできない。

2  精神的損害

さらに、原告の精神的損害について検討するに、本件のような取引責任が問われる事案においては、物的損害が填補されれば、特段の事情がない限り精神的損害が填補されたものとするのが相当であるが、前記認定事実によれば、本件についての被告らの責任は、一般消費者に対する住宅用地の売買における不動産業者ないし宅地建物取引業者としての基本的な注意義務違反によるものであり、ことに、被告アリマには、本件高架道路建設計画を知悉しながら告知しなかったという悪質な義務違反があること、原告ら夫婦は、被告ら業者を信頼して本件土地を購入し、本件建物(自宅)を建てたのに、設計変更のできない段階で本件高架道路建設計画を知って精神的衝撃を受けており、しかも、日照被害や圧迫感等による精神的苦痛は、原告が本件建物に居住する限り持続するものであることなどが認められ、これらの事情を考慮すると、原告が被った精神的苦痛についても被告らに損害賠償させるのが相当というべきである。そして、右諸事情のほか前記物的損害算定額などを考慮すると、原告の精神的損害額は、二〇〇万円をもって相当と認める。

3  損害の合計

以上の物的損害及び精神的損害を合計すると、忠司及び同人の権利承継者である原告が被告らの不法行為ないし債務不履行により被った損害の合計は、一五一二万四〇〇〇円となる。なお、右損害金に対する遅延損害金の起算日は、前記損害が確定した本件高架道路の完成後と認めるのが相当であり、前記認定のとおり平成八年一一月ころ右工事が完成したと認められるので、平成八年一二月一日以降とし、その利率は、被告クボタに対する請求は不法行為に基づくものであるので民法所定の年五分の割合とし、被告アリマに対する請求は商行為による債務不履行に基づくものであるので商事法定利率の年六分の割合とする。

第五  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告らに対し、不法行為ないし債務不履行に基づく共同責任として、連帯して、損害賠償金一五一二万四〇〇〇円とこれに対する平成八年一二月一日から支払ずみまで被告クボタにつき民法所定の年五分の割合による、被告アリマにつき商事法定利率の年六分の割合による各遅延損害金を求める限度において理由があるから、これを認容することとし、その余の請求は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官佐藤武彦)

別紙物件目録<省略>

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